米国コロラド州ボールダーの自宅でのインタビュー。 適時このサイトに連載します。
第3回 ミュンヘン五輪へ

集部:    フロリダ大学のロースクール(法学コース)を卒業後、現在お住まいのコロラド州の弁護士試験にパスされたのですね。

ショーター:  そうです。 弁護士になったのは1975年でした。

集部:   もう少し、72年のミュンヘン五輪の前後のことをお聞きしたいのですが。 

ショーター:  はい。 五輪の出場権のかかった全米の国内予選で、僕は10,000mとマラソンの両種目に勝ちましたので、五輪の本番時に調子が良ければ、ある程度の成績はあげたいと思っていました。
米国は長い間、陸上の長距離種目において良い結果を残していなかったのです。

集部:   では、あなたは優勝を狙っていた訳ではなかったのですか?

ショーター:  ええ。 私としては入賞できればいいぐらいの気持ちでした。 しかし、五輪の1ヶ月前に、これは今でもハッキリと思い出しますが、ノルウエーのオスロで行われた大会の時、当時の欧州選手権チャンピオンのイタリアのアセレ選手がレース後に私のところへ来てこう言いました。 「君は五輪のマラソンで優勝できるよ!」 私は彼が冗談を言っているのだと思い笑っていたのですが、彼は真剣な顔をして 「本気だ」 と再度言ったのです。
彼は、当時の欧州のトップレベルの選手達を知り尽くしていたので、後から私は心の中で「ひょっとしたら ・・・・・」との思いが少しありました。

編集部:   五輪の10,000mの決勝で、あなたは米国新記録にもかかわらず5位に終わりましたが。

ショーター:  そう。 これには本当にがっかりしました。 私は大変調子が良かったのですが、フィンランドのビレン選手が世界新記録で優勝したのです。

編集部:    そのがっかりした気持ちを切り替えてあなたはいよいよマラソンに出場したのですね。

第4回へ続く ・・・・・・・
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