米国コロラド州ボールダーの自宅でのインタビュー。 適時このサイトに連載します。

第10回 初めての福岡国際マラソン
編集部:  貴方は、8月の盛夏しかも赤道直下の南米コロンビアで行われたパン・アメリカン大会のマラソンレースの途中、急にお腹の調子が悪くなりました。 
用足しのため1分以上のロスタイムあったにもかかわらず優勝しましたが、この好結果のため12月の「福岡国際マラソン」に招待されることになったのですね。

ショーター:  当時、「福岡国際マラソン」はオリンピックと同レベルの世界の強豪ランナーが集まる実質のマラソンの世界選手権でした。 

レースの内容は異なりますが、米国のボストンやニューヨークシティと並んで世界の注目のマラソンレースです。 いまでこそ、世界各国には一流選手が参加する沢山のレースがありますが、「福岡国際マラソン」は当時の世界一線級で活躍する選手たちのあこがれでした。

編集部:  「福岡国際マラソン」へ招待されることが世界のマラソンランナー達のステイタスなのですね。

 ショーター:  そうです。 このマラソンを走ったことのある世界の一流選手は綺羅星のごとくいます。  

デレク・クレイトン(豪)、宇佐美彰朗(日)、ワーデマル・チェルピンスキー(独)、ビル・ロジャース(米)、ラッセ・ビレン(フィンランド)、瀬古利彦(日)、宗茂(日)、宗猛(日)、ロバート・ドキャステラ(豪)、中山竹通(日)、ベライン・デンシモ(エチオピア)、李鳳柱(韓)、ジョサイアス・チュグワネ(南ア)、ゲザハン・アベラ(エチオピア)などですが、皆、オリンピックの金・銀メダリスト、世界記録保持者、有名マラソン大会優勝者です。 唯一、あのアベベ・ビキラ(エチオピア)が走っていません。この「福岡国際マラソン」のコースは起伏がなく、殆んど平坦で走りやすく記録が出しやすいのです。 福岡の市街地の中央にある平和台陸上競技場がスタートです。

 編集部: このレースが初めて行われたのは1947年で朝日マラソンと呼ばれ、1966年、オープンな国際マラソンとなった。 実際には1年以内に2時間27分以下で走った記録を持つ選手のみが出場できるハイレベルな大会であったが、近年一般市民ランナーにも参加の門戸が開かれ、時間制限が緩和されつつある。  

  写真: 右は僚友のケニームーア(米)選手



 

次回をお楽しみに・・・・・・・

 

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